テーパリング時期が明言されるかどうかが注目された2021年8月27日のジャクソンホール会議。2013年のパーナンキショックをトラウマに持つだけに、FRBパウエル議長は、今回会議を「無風」で乗り越えることにしました。では9月以降、米国株式マーケットはどのようになっていくのか、注意点を考察してみました。
テーパリング発表時期は11月が濃厚?9月21日?
FRB、パウエル議長による講演は、米経済は力強く回復したものの引き続きデルタ株が直近のリスクであることに変わりはなく、「テーパリングは年内開始」以上のものはない内容でした。
年内に9月、11月、12月とあと3回予定されているFOMCのどのタイミングで「テーパリングを発表するか」も言及を避けており、年内のいつのタイミングでテーパリングを開始するかも明言していません。
今後のFOMCの日程は、9月21日、11月2日、12月14日。まず、12月半ばに発表して年内にスタートするのは現実的ではありません。また、今回ジャクソンホール会議で発表しなかったのにすぐ次のFOMCで発表するのもどうかと思うので、11月に発表して、12月分から買い入れを減額していくのがセオリーかなと考えます。
前回のテーパータントラム、株価はどれだけ下がった?
テーパータントラムとは金融緩和の縮小に対して金融市場が混乱をきたすことです。
2013年5月、当時のFRBパーナンキ議長が、市場の想定よりも早いタイミングでの金融緩和縮小を示唆したことで、市場が混乱。資金の流れが変わり、長期金利の急騰などを招きました。
このパーナンキショック以降、FRBは市場との対話に苦労することになり、結果、テーパリング示唆から1回目の利上げ開始まで2年半もかかりました(2015年12月に1回目の利上げ。当初は15年中に3回の利上げ計画)。
では、テーパータントラムは株式市場にどのぐらい大きな影響があったのでしょうか。
5月22日の議会証言で約2.5%減、6月19日のFOMCでは5.1%減とそれぞれ株価が大きく下がりました。
ただ、月間ベースで見れば、その落ち込み幅は大したことはありません。
上図はS&P500のチャートの推移を示したものです。テーパリング発表後もずっと株価は上がり続けたので、絶好の買い場となっただけ、と言えるでしょう。
今回テーパリング発表時は大きな混乱が起こらないと考えられる2つの理由
では、今回はテーパリング時に大きな「ショック」が起こるのでしょうか。
私は、一瞬、「利益確定の売り」などで多少下がるものの前回ほどの大きな混乱は起こらない、と見ています。
理由は2つ。
1つは先述したように市場対話型重視のパウエル議長が、「テーパリング発表はここしかない」というところまで選択肢を狭めたため。市場はテーパリング時期の予想が容易なので混乱が起こりえないということです。
2つ目が、 テーパリングを開始・完了しても「ドルあまり」が続いていて、結局マネーがリスク資産に向かう傾向に変化が起こらなそうということがあります。
FRBは毎月1200億ドルの資産を買い入れて、その分マネーをマーケットに供給していますが、その一方で、金融機関からマネーを吸収する「リバースレポ」を行っています。
リバースレポの取引額は、テーパリングの行われた2014年時点の額を大きく上回っているのです。つまり、当時とは比べ物にならないぐらいジャブジャブにマネーが余っている状態なので、リスク資産にマネーが起こり、「資産バブル」が起こる状態は変わらないわけです。
ということは、株価は過剰なマネーサプライに下支えされる構造は変わらないので、株価は大きな影響を受けないと考えられるわけです。
参考:「ドル余り加速 FRB吸収1兆ドルに」(日経新聞)
そんなわけで今回はテーパータントラムは起こらず、ちょっとした調整は起こるけれども、大きな下落は見込みにくい、と思います。
FRBの膨れ上がったバランスシート、解消方法は?
一方で気になるのが、FRBが資産買い上げプログラム終了後に総資産をどうするのか、という問題です。
おそらく今年末より段階的に縮小して、22年の半ばごろにテーパリング完了、その後22年中に利上げを2回するというのがFRBの現時点のシナリオです。
しかし、現在FRBが買い入れた総資産は膨れに膨れあがっています。
上のグラフを見て分かるとおり、このコロナショックで一気に拡大しました(出典:FRB)。
パーナンキショックの頃は3.5兆ドルで、買い入れ終了時で、4.5兆ドル。その後、2017年末から市場に影響が出ないように少しずつ売却してきました。ところがその矢先にコロナショックが発生して、一気に7兆ドルへ急上昇。その後も買い続けたので、FRBが買い上げた総資産は8月時点で8.3兆ドルにもの上ります。
当然これを一気に売却することはできません。米長期金利が大幅に急上昇するリスクをはらんでいるからです。
とはいえ、債券を買い替えせずに満期を迎えるまで保有し続けて徐々に減らしていく先方ではもはやキリがありません。
現在8.3兆ドルのFRB資産残高は、11月まで同じペースで買い続け、12月以降毎月200億円以上減らしていき、5月で完了すると仮定すると、テーパリング完了時の保有資産は総額で約9兆ドルになる計算です。
その後、しばらく持ち続けた後に少しづつ売却ということになったとしても、この間、米国景気がピークアウトに入らない保証はなく、また売却がストップする可能性もありそうです。
9月以降の株式市場の行方 左右するのは4+1の要因
9月以降の株式市場の行方を左右する大きな要素は、以下の4つです。
今後の米国株式市場を左右する4つの要素
- コロナ(デルタ株)の影響
- 雇用統計の結果
- 企業業績の全体感
- 株式上昇の伸び代
1.コロナ(デルタ株)の影響
デルタ株の影響は引き続き、米経済の今後を考える上で最も大きなリスクです。ワクチン接種率の低い州での接種率の向上が今後期待される一方で、ブレークスルー感染が増加するとともに、その理由としてワクチン接種後数ヶ月で免疫低下傾向が見られるなど、予断を許しません。
2.雇用統計の結果
市場期待は雇用統計の結果と正の相関にあります。しかし、デルタ株の蔓延状況が雇用統計の結果に大きな影響を及ぼすのは周知の通り。子供を抱える母親が依然として就業できなかったり、失業保険の延長が9月まで続いていること、そしてデルタ株に対する不安が雇用回復を妨げています。今後9〜10月以降、どの程度回復するかに注目です。
3.企業業績の全体感
企業業績は、確かにすこぶる良いです。しかし対前期比で見れば、前年経済が混乱していただけに、2Q(Q=四半期)が良いのは当たり前、ともいえます。前年同期のハードルが極めて低いからです。ただし前年7〜9月期はすでに経済が立ち上がり始めていたし、10〜12月期はそれなりに回復も見られていました。
ということで、企業業績は今2Qがピークと考えられます。
三菱総合研究所の8月17日発表レポートによれば、米国の経済成長率は2021年は6%台半ばであるのに対し、2022年は3%台後半への成長鈍化を予想しています。
4.株式上昇の伸び代
最後が株式上昇の伸び代です。
野村證券によると、2021年8月13日時点のS&P500の予想PERは21.3倍。この水準は2002年以降最も高い水準にあり、2016年以降の平均18.1倍を大きく上回ります。
米国企業は多くの企業が好業績を達成しているものの、その数値を市場はすでに織り込み済みだということがわかります。
したがって、これ以上の伸び代は期待しにくいということです。
追加要素:次期FRB議長 トランプが指名したパウエル、続投は濃厚か?
もう1つ、要素を付け加えるとすると、22年2月に1期目4年の任期を終えるFRBのパウエル議長が、続投されるのか、それとも新たな人がバイデン大統領によって指名されるのかです。パウエル続投なら、従来の対話路線に対してマーケットが安心感を抱いていることもあり、ポジティブ・ネガティブ双方のサプライズは起こりにくい。一方で、タカ派と目される人が議長に指名されたり、ハト派であっても新人議長がマーケットに対して「いらぬ一言」を発するなどすると、マーケットは過敏に反応し、その後のテーパリングや利上げ開始時期に影響を与える可能性がありそうです。ひいてはそれが、株価の行方にも大きな影響を与えると思います。
このパウエルさんは、トランプ前大統領が指名した人ですが、独自色を出そうとしてパウエルを排除するかというと、私はそうは思いません。バイデン政権は盤石とはいえないので、金融政策1つとっても命取りになりかねません(超党派の協力が必要な状況が続く)。テーパリングと利上げを実際に行っていくフェーズで、あえて新人議長に手綱を取らせるリスクは冒せないと私は思います。とはいえ、時期FRB議長が今後の株価を占う大きな要素であることは間違いありません。
まとめると、雇用統計は力強さを発揮すると思われるがそれはコロナ次第の面もあり、さらに企業業績も3Q以降はピークアウトを迎える公算が高く、PERを見てもこれ以上バリュエーションが良い方に変化するとも考えられず、株式市場はこれまでのような大きな成長を望みにくいということになります。