米国経済は力強い回復を見せており、金融緩和の縮小と利上げ開始の時期とその回数にマーケットの注目が集まっています。そうした中「消費者物価指数が予想を上回ったから、利上げ時期が早まるのではないか」というマーケットの声や、FRB(連邦準備制度理事会)のパウエル議長の「インフレ兆候に対する懸念を理由に、利上げを先行することはない」という発言から、物価と利上げの間には強い関連があることがわかります。
ところが物価を表す指標として、CPI(消費者物価指数)とPCE(個人消費支出)の2指標があり、それぞれの前年比数字は大きく乖離します。2021年7月のCPIは5.4%に対し、PCEは4.2%でした。この2つの数字の違い、米国株式に投資する人はなぜPCEが大事なのか、PCEが上がるとどうなるのか、そして利上げの時期への影響について解説したいと思います。また、今後のCPIとPCE発表スケジュールもまとめました。
CPI(消費者物価指数)とPCE(個人消費支出)の違い
価を表す指標として、CPI(消費者物価指数)とPCE(個人消費支出)の2つの指標があります。まずはこの指標の違いについて解説していきます。
CPI(消費者物価指数)とは
CPIとはConsumer Price Indexの略で、日本語では消費者物価指数と言います。
CPIは、米労働省労働統計局(U.S. BUREAU OF LABOR STATISTICS)が毎月、その翌月10日前後に発表する統計指標。消費者が購入するモノ、サービスなどの物価の動きを捉えるためのものです。日本では消費者物価指数は、全国と東京都区部の2種類ありますが、米国のCPIは、都市部に住まう生活者の生活コストの変化を把握するのが目的となっています。
実際に労働統計局の2021年7月CPI(8月11日発表)に関する記述を抜き出すと
In July, the Consumer Price Index for All Urban Consumers rose 0.5 percent (seasonally adjusted); rising 5.4 percent over the last 12 months
~5月、都市生活者のCPIは季節調整後0.5%上がり、前年比5.4%上昇した~
とあります。
PCE(個人消費支出)とは
PCEとはPersonal Consumption Expendituresの略で、個人消費支出のこと。PCEはより幅広い項目の物価の変化を示しているのが特徴で、都市部以外の町村部(ルーラルエリア)も含みます。NPOへの支払いやメディケアやメディケイドといった政府プログラムに対する支出も含んでいます。
PCEは米商務省(U.S. Department of Commerce)が毎月、翌月の最終金曜日に発表しています。
食品とエネルギー価格は変動幅が激しいので、この2つの影響を取り去ったものをコアPCEと呼びます。
米国では個人消費がGDPの約2/3を占めるとされており、このPCEは非常に重要な指標となっています。
CPIとPCEの推移
次に2020年以降のCPIとPCE、コアPCEの推移を見ていきましょう。
3指標とも基本的に同じ傾向で動いていますが、同じインフレ指標であるのにCPIはビビットに反応して振れ幅が大きい一方で、コアPCEが最も動きがなだらかなことがわかります。
なぜCPIとPCEは乖離するのか?
ではなぜCPIとPCEは乖離するのでしょうか?
これはCPIとPCEでは計測方法に違いがあるからです。
CPIとPCEの違い
調査対象 CPI:都市部 PCE:全米全体
住宅費の割合 CPI:約4割 PCE:約2割
医療費の割合 CPI:1割未満 PCE:約2割
CPIは家計の中からの支払い分を測定するものですが、PCEは健康保険費用なども含まれるからです。また、PCEがCPIと比べて住宅費用に重きを置いていないこともいま、乖離幅が大きい理由の1つになっています。現在、需要と供給が合っていないことから住宅価格はかつてない高騰を見せています。CPIにはこの影響が大きく出る一方で、PCEでは影響が小さいためです。
PCEが大事な理由とFRBの役割、利上げの今後
次にPCEが大事な指標である理由と、それに関連するFRBの役割、そしてPCEと大きく関係する利上げの今後について解説していきます。
PCEがより重要指標である理由
投資家にとってPCEがより大事な理由、それは、インフレターゲット2%の維持を目標にしているFRBが、インフレの実態をみる指標としてPCEを“より好んでいる”ためです。
FRBは2000年より、優先的にみるインフレ指数としてPCE(食品とエネルギーを除くコアPCE)に切り替えました。
FRBの2つの使命は、雇用最大化と・・・
そもそもFRBの使命は、物価の安定と雇用の最大化の追求で、この2つが法律で義務付けられています。つまり、現在失業率は約6%と高水準でありながら、コアPCEは2%を大きく上回っています。インフレを防ぐために早めの利上げに踏み切れば経済を冷え込ませ、失業率の高止まりを招く恐れがあります。だからFRBは、雇用の安定が確実なものになるまでは利上げに対して慎重な姿勢を崩さないわけです。
とはいえ、失業率の分母には、引退した人やコロナ禍で子供や家族の世話をするために仕事から離れた人を含まないため、失業率は実態に即していないという見方もあります。その点はパウエル議長も同じ考えで、「失業率よりも雇用の最大化、雇用率に重きを置いている」と発言しています。
これまで利上げは「2024年」という見通しでしたが、6月の連邦公開市場委員会(FOMC)で前倒しとなり、「2023年中に2回の利上げ」がFOMCメンバーの平均的な見通しとなりました。そしてテーパリング自体は2022年終わりに行うということが既定路線となっています。8月27日のジャクソンホール会議で、FRBのパウエル議長がテーパリング 時期の明言をしなかったことから、直近の9月21日のFOMCですぐ発表するとは私は考えにくく、その次の11月2日のFOMCで発表されて、12月からテーパリング実行じゃないかと思っています。
ということで、利上げ時期については、全米雇用統計の非農業部門雇用者数とPCEを両睨みしながら、今後さらに前倒しされるのか、それともステイか、後退か、ということが焦点になってくると思います。
また、CPIは役に立たないのかというとそうではありません。CPIは翌月上旬、PCEは翌月下旬に数値が発表されます。CPIの方がだいぶ早く出されるので、FRBの動きを予測、警戒する先行指標になるわけです。一方で、この5月のように、住宅価格の高騰に端を発して、CPIが急上昇すると、この数字でマーケットが驚いて、それよりも伸び幅も数値もマイルドなPCEが出て、揺り戻しが起こる事態になります。
今後のCPIとPCEのスケジュール
今後のCPIとPCEの発表スケジュールを以下にまとめました。
該当月 | CPI | PCE |
6月(発表済み) | 7月13日 | 7月30日 |
7月(発表済み) | 8月11日 | 8月27日 |
8月 | 9月14日 | 10月1日 |
9月 | 10月13日 | 10月29日 |
10月 | 11月10日 | 11月24日 |
11月 | 12月10日 | 12月23日 |
発表時間 | 午前8時半 | 午前9:30 |
曜日 | 不定 | 原則最終週金曜 |
次回8月統計は、CPIが9月14日火曜日、PCEが10月1日金曜日です。
CPIは翌月上旬の午前8時半の発表に対して、PCEは翌月最終週の金曜日9時半(ただし10月度発表は水曜、11月度発表は木曜)となっています。
PCEが2%を上回っている理由と今後の見通し
さて、コアPCEは4月3.1%、5月3.4%、6月3.5%、7月3.6%とターゲットとする2%を4ヶ月連続で大きく超えてきました。この要因は、コロナ禍の収束が見えてきて経済活動が元に戻りつつあり、消費が勢いづいている一方で、一部で労働者不足などから工場の稼働率が上がらないなど、サプライチェーンの一部で目詰まりを起こし、需要が供給を上回り、物の値段が高騰していることによります。
物価上昇にはこのボトルネックの解消が不可欠なのですが、8月27日のジャクソンホール会議で講演したFRBのパウエル議長によれば「物価上昇は一時的」と発言しています。サプライチェーンの復旧に伴う物価上昇の解消までは時間はかかるものの、テーパリング時期に影響を与えるものではないというわけです。