経営

サントリー新浪剛史社長「45歳定年制」の波紋 従業員と株主にとってのメリットとは

サントリーホールディングスの新浪剛史社長が経済同友会の夏季セミナーで発言し、大きな波紋を投げかけた「45歳定年制」。この発言の裏側にある企業の論理と、日本の制度と文化を考慮した実現性、被雇用者にとってのメリットや機会、われわれが備えておくべきことなどをまとめました。

新浪社長が語る「45歳定年制」とは

朝日新聞によれば、新浪社長はアベノミクスの総括として、賃金引き上げに取り組んだが、企業の新陳代謝や労働移動が進まず、低成長となったとコメント。企業価値の向上のためには「45歳定年制」を導入し、人材の流動化を進める必要があると語りました。

そのねらいについて新浪社長は「(定年を)45歳にすれば、30代、20代がみんな勉強するようになり、自分の人生を自分で考えるようになる」(朝日新聞)と説明しています。

また、国が年金支給年齢を後ろ倒しにしたい思惑から今年4月から70歳までの就業機会を「努力義務」としたことについても、新浪社長「国は(定年を)70歳ぐらいまで延ばしたいと思っている。これを押し返さないといけない」(朝日新聞)との考えを示しました。

年金支給年齢の後ろ倒しを含めた、年金制度については以下の記事をご覧ください。

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新浪発言がそぐわない日本の実情

まず、「労働移動」が進まないことについては日本企業の制度と労働文化があります。

ポイント

  1. 終身雇用制度
  2. 新卒至上主義
  3. ゼネラリスト育成主義
  4. 横並びの給与体系
  5. 転職回数差別

日本企業は、原則的に、終身雇用を前提として、自社のカラーに染めやすい「新卒」を優遇し、さまざまな部署を体験させて、幹部候補を育成・選抜する制度を取ります。

また、「転職回数の多さをキャリアアップを積極的に進めてきた意欲的な人材」と捉える欧米企業と違い、日本企業では「転職回数の多さを、堪え性がない、自社で教育してもすぐ辞める」と敬遠する傾向にあります。

もちろん、外資系企業の増加や転職エージェントの一般化、IT・デジタル・マーケティングなど専門家人材を確保する必要性の高まり、などから従来よりは労働市場の多様性と流動性が高まりました。

それでも、多くの企業はこの5つの制度と文化を踏襲しているし、専門家人材の登用についても、外部で活躍したスター人材を執行役員として迎え入れるなどの「例外」を作りやすいポストで対応させることがほとんどです。

「労働移動」が進む条件とは?

ゼネラリスト育成主義による最大の欠点は、「偉くなるまで時間がかかりすぎること」です。昔からの大企業や省庁などの縦長のヒエラルキー組織の場合、45歳ぐらいでようやく課長。

日本でも私のような海外MBA(経営管理修士)ホルダーが増えていますが、既存の日本企業にいたままでは、特段「経営者人材」として評価されることはないし、出世のスピードが早まるわけでもありません。

「経営者」の訓練を20〜30代でせっかく受けたのに、それを実践できるまでは20〜30年我慢しないといけない……

だから、彼らの多くは外資系などの他所に移るわけです。

つまり、日本では「経営幹部のパスポート」はMBAではなく、企業独自のゼネラリスト育成プログラムの勝者にのみ渡されるわけです。

そのように考えると、多くの日本企業の文化と制度を変えない限り、飛躍的に労働移動が進むとは考えられません。

最大の問題は大学教育

さらに、突き詰めると、日本の問題は大学教育にあります。

日本は専門性よりも多様な教養のある人材を育てる風潮が大学教育でもあります。加えて、「入るのは難しくて出るのは超カンタン」です。つまり、専門人材を育成する教授もいなければ、専門人材を要請するカリキュラムもないし、自分の専門性を見つめ、追求しようという学生も少ないのです。

一方、米国では大学では、ロジスティクスやマーケティングといった専門科目を修めます。だから、企業にそのポストで入社し、その道の専門家として仕事をし、別の企業のマーケティングやロジスティクスの仕事にカンタンに移れるわけです。

「労働移動」は簡単には進まない

だから、いくら新浪社長が「労働移動」を声高に叫んでも、制度と人材がそれに対応していない以上、進まないし、仮に進めたとしても思うような成果が上がらないのは当然のことなのです。

ただし、前述したように、専門性の高く需要も多いテック人材やマーケティング人材は人材獲得競争が熾烈。ここでは労働移動は起こりやすいでしょう。また、財務やIR、広報、宣伝なども進みつつあります。なお、そうした人材が企業経営のトップを任せられることはなく、執行役員CMOやCTOなどのいわゆるCクラス専門人材どまりだということも追記したいところです。

また、企業トップも新浪社長を代表とする「プロ経営者」が増えてますが、国内企業社長の大多数は、世襲か、サラリーマンからの昇格社長です。

つまり制度導入にあたっては、大多数が所属する営業、製造部門などに従事するワーカーの処遇・待遇・キャリアパスがネックになるわけです。

新浪発言の真意と評価

以上を踏まえて、新浪社長の発言の真意を読み取っていきます。

新浪社長は「45歳定年制」に加え、「年齢が上がるにつれ賃金が上昇するしくみについても『40歳か45歳で打ち止め』にすればよい」(朝日新聞)と言いました。

ここで問題になるのは「45歳定年制」を国内企業のスタンダードにする意味なのか?それとも経済同友会加盟の大企業を中心に導入しようという意味なのか、ということです。

45歳で定年にするには、その先の40年を暮らしていくだけの年収を得ることが労働者側の条件になりますし、労働移動の面でベンチマークとなる欧米企業でもそれは全く一般的ではありません。

つまり、経済同友会加盟の大企業を中心に導入して、「ヤメ大企業」人材が他の会社の受け皿になるような仕組みにしましょうと言っているのに過ぎないわけです。

大企業は、それなりの雇用条件で専門人材を雇い入れ、「企業価値向上」を実現するとともに、彼らが45歳になったら、幹部として残す人材とそうでない人材に選別。前者が経営の中枢に進む一方で、後者は辞めるか定年後再雇用で「薄給を喰む」かのどちらかになるというわけです。

45歳定年後再雇用は、企業側にとってとても都合が良い。年功序列の昇給カーブも45をピークに後は急下降できるし、45歳で退職金を支払えば、そこから先は積み立ててあげる必要もないから社員一人当たりコストを大幅に圧縮できます。

そのように考えると、「企業の論理」を従業員に押し付ける考え方であることがわかります。

従業員にとってはチャンスでもある

ただ、悪いことばかりではありません。

働く側にとっては、メシのタネになる「高い専門性」を持って、「人生を自分の手で切り開く」意識を持つチャンスだからです。

ちなみに、ネットの書き込みでは「62歳の新浪さんこそまずやめなさい」という論調に同意する声が多いようですが、誰もががひきとめたいと思う「高い専門性を持った人材」を多く輩出することこそが新浪社長のねらいでもあるので、この意見は、能力を無視したアホな平等主義の押し付けでしょう。

さて、誰もがこの人を欲しいと思う、あるいはこの人に仕事を依頼したいと思う専門性を持つということは、資格を取る、MBAを取る、高い実績を打ち出すといったことを通じて、所属する会社に依存しない力を手に入れることです。

会社側が「上がり」を通告する一方的な関係ではなく、「自分のキャリアに相応しくないから、この会社を辞めます」と被雇用者側も力を持つ、緊張感のある雇用関係が生まれます。

確かに、そうした人材が増えれば、新浪社長が言うように、自然に労働移動が起こるとともに、専門性を持つ集団が企業価値向上を牽引することでしょう。そして、専門性を持つ人材たちに選ばれた企業は繁栄し、そうでない企業は没落していくことになる、つまり優勝劣敗が顕著になるわけです。

格差拡大を助長も、企業価値向上には寄与する

ただし、2025年から65歳定年義務化がスタートするなかでは、「45歳定年制」は非現実的です。経済同友会の多くの企業が導入するには、すでに挙げた日本の文化と制度の問題点もあり、実現に相当の時間がかかると思います。

また、この制度は、専門性を持つ人材とそうでない人材の間に大きな所得格差を生むことになるので、格差はますます顕著になります。格差是正を訴える点では自民党も野党も一緒なので、大企業が右に倣うかたちでの実現性はほぼゼロでしょう。

一方で、「企業の論理」をテコに、日本企業が本当に投資先として魅力的で、「企業価値を高め続けられる存在」になるためには、新浪社長の提言は間違ってはいません。

そして、サントリーが自発的にこの制度を導入する分には、不可能というわけではありません。7年程度で辞めてもらうことを念頭に、専門人材をいくつも産業界に送り込んでいる「リクルート」という前例もあります。

なお、取り残された人材(45歳以降の専門性のない人材)をうまくモチベートする仕組みをつくることも、企業価値向上には欠かせないでしょう。また、数年の移行期間はあったとしても、準備や覚悟なきまま入社している30〜50代にとっては厳しい選択を迫られます。従業員に納得してもらうプロセスやサポートは欠かせません。

 

いずれにせよ、投資家の立場で言わせてもらえば、まずは自社で実験して、その先鞭をつけて欲しいと思います。それが長期的な企業価値向上、および日本産業界の発展につながるのであれば、自然と採用企業は増えると思います。

今回の新浪発言は、

経済同友会の副代表幹事としての立場では不適切、あるいは説明足らず。

ですが、もしこれが、

個別企業のトップの意見だとしたらユニークかつポジティブ

だと私は思います。

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