6月10日、中国企業の滴滴出行(DiDi Chuxing、ディディ)は、新規株式公開(IPO)を米証券取引委員会に申請しました。
滴滴のユーザー数は5億人で、Uberの1億人を遥かに凌ぐ顧客基盤を持っているのが強みです。企業価値は700億ドル(約7兆7000億円)とも一部では言われ、今年最大の大型IPOとなる見通しです。滴滴(ディディ)はどんな会社で、どこに特徴と強み、弱みがあるのか、そして今後の成長の可能性について、決算分析などを通じて分析したいと思います。
中国配車アプリサービスを独占する滴滴(ディディ)が米国市場へのIPOを決めた
中国配車サービスを牛耳る滴滴(ディディ)とは?
滴滴(ディディ)は、創業者の程維(チェン・ ウェイ)によって2012年に北京で設立された会社です。程維はアリババ・グループ出身です。
滴滴(ディディ)の沿革
中国市場を舞台に即時のタクシー配車アプリサービスをスタートした同社は、2013年には翌日のタクシー予約ができるサービスも開始。同時に滴滴のビジネスモデルを模倣した企業が雨後の筍のように現れましたが、2014年に中国のIT大手テンセントなどから総額1.2億ドル弱の出資を受けました。
2014年には、中国配車アプリマーケットで最大にして唯一の競合で、程維の古巣でもあるアリババ・グループが支援する「快的打車」と合併。両社で95%のシェアを握っていたので、中国配車アプリ市場を独占することに成功しました。アメリカだと独占禁止法で認可されないところですが、中国にも独占禁止法歯あるものの政府との関係性や政府の目論見によって対応の是非がわかれるということなんでしょう。
2016年には、新たなライバルとして勃興していたUber Chinaを買収。その代わりにUberは滴滴(ディディ)の優先株を保有することになりました。Uberが中国市場を諦めたことは当時大きなニュースになりました。
ソフトバンクが巨額出資
2017年にはソフトバンクから約50億ドル(約5500億円)という巨額の出資を受けました。ソフトバンクは現在も滴滴(ディディ)の筆頭株主です。
滴滴の主要株主 | 議決権ベース持株比率 |
ソフトバンクビジョンファンド | 21.50% |
Will Wei Cheng(程维) 創業者、CEO | 15.40% |
Uber | 12.80% |
Jean Qing Liu(柳青) President | 6.70% |
Stephen Jingshi Zhu | 2.30% |
滴滴(ディディ)は2018年から海外展開を本格化し、台湾進出後、オーストラリア、日本、そしてブラジルで「99」社を買収するなどしてその後南米各国に進出。現在、台湾・日本・オーストラリア・ニュージーランド・メキシコ・ブラジル・アルゼンチン・コロンビア・コスタリカ・ドミニカ共和国・パナマ、ロシアなどで事業を行っています。日本では2018年にソフトバンクと滴滴(ディディ)が合弁でDiDiモビリティジャパンを設立、タクシー配車サービスを展開しています。2020年7月にはコロナ禍で需要が激減したことから一部エリアでのサービス中止を発表しています。
2018年は、ネガティブな事件が同社の評判を傷つけました。滴滴(ディディ)の運転手が乗客の女性を殺害する事件が2件立て続けに起こったのです。滴滴(ディディ)の安全対策が不十分であるとして、中国国内で大問題となり、利用者も減少しました。
これによる業績悪化を原因として、19年には2000人のリストラも発表しました。
滴滴(ディディ)の直近3期の業績分析
滴滴(ディディ)はIPO申請にあたり、財務資料も公開しています。
2018年度〜2020年度までの3期分です。3期ともRMB(人民元)で表記し、対前期比もいれました。
まずは事業部門別の売上高です。
単位:100万RMB | 2018 | 2019 | 2020 | 19年度比 |
中国事業 | 133,207 | 147,940 | 133,645 | 90.3% |
海外事業 | 411 | 1,975 | 2,333 | 118.1% |
その他 | 1,670 | 4,871 | 5,758 | 118.2% |
ついで売上高以下の損益計算書です。売上高は上記3事業の売上合算です。
単位:100万RMB | 2018 | 2019 | 2020 | 19年度比 |
売上高 | 135,288 | 154,786 | 141,736 | 91.6% |
売上原価 | 127,842 | 139,665 | 125,824 | 90.1% |
運営費 | 3,665 | 4,078 | 4,696 | 115.2% |
広告宣伝 | 7,604 | 7,495 | 11,136 | 148.6% |
R&D | 4,378 | 5,347 | 6,317 | 118.1% |
一般管理費 | 4,247 | 6,214 | 7,551 | 121.5% |
総コストと費用 | 147,736 | 162,799 | 155,524 | 95.5% |
株主帰属当期損益 | -15,642 | -9,728 | -10,680 | 109.8% |
DiDiの持株会社XIAOJU KUAIZHI INC(小桔快智)のIPO資料よりかぶうさ 作成
それをみると、海外展開を強化しているものの、いまだその比率は1.6%。中国事業の売上構成が94%を占め、基本中国事業に依存していることがわかります。しかも20年度はコロナショックによりその中国事業の売上は10%減少しています。
もう1つ、事業構造で注目すべきことは、売上原価(タクシー会社への支払いなど)の高さです。お客からの支払いを受け、運転手数料をタクシー会社などに支払うわけですから、滴滴(ディディ)の取り分は実質手数料。実態は配車手数料ビジネスというわけなので原価率が高いわけです。
原価率は20年度88%を占めます。原価は売上の増減に伴って同じ割合で増減するものですので、20年度は売上と同様10%減となっています。
ここに広告宣伝費や運営費などの販管費が乗ってくるため、営業利益ベースでは137億元、約21億ドル(約2400億円)の赤字となっています。
20年度は最終的には106億元(約16億ドル)の当期純損失となっています。直近3期は15~25億ドルの最終赤字を計上しています。
中国事業は、黒字化?したのか?
中国市場では圧倒的なシェア、売上規模を獲得していますが、収益性の低さが気になりますよね。
同社は18年度の黒字化を見込んでいたのですが、前述の事件とそれに伴うカスタマーサービス改善費用、広告宣伝費を多額に計上したために赤字のままでした。20年5月にはCNBCのインタビューで「コア事業は黒字化した」と柳青社長が発言していますが、その金額については明らかにしていません。
海外事業の成長性の低さ
もう1つ気になるのが積極的な海外事業で売上が大きく伸びていない点です。20年度1Qと21年度1Qを比べるとわずか4.8%増にとどまっています。中国以外、特に南米ではコロナウイルスが収束していませんのでマーケット環境としては良くないですが、そもそも各地でのマーケティング戦略がうまく行ってないのではないかと思います。
例えば日本事業(ソフトバンクとのジョイントベンチャー)のDiDiモビリティジャパンの20年3月期決算は、官報によれば、2億円の売上に対して61億円の営業損失、当期純損失となっています。
当然、ビジネスデベロップメントフェーズなので、投資先行で進めているわけですが、このレベルの投資を各国で同時多発的に行っていることが考えられ、いくらお金があっても足りないくらいだと思われます。
滴滴(ディディ)の課題 中国の高収益化と脱中国依存
決算分析を通じて、滴滴(ディディ)の抱える課題をまとめていき、それぞれについての今後の方向性を考えていきたいと思います。
ポイント
1 中国事業での高収益化
1.1マーケットの拡大
1.2原価率、販管費低減
2 海外事業で成功モデルは作れるか?
2.1そもそもなぜ海外展開を急ぐか?
2.2アジアに出れない理由
2.3海外事業の成功可能性
以上大きくは2点について考えたいと思います。
中国事業での高収益化について
まずは中国事業での高収益化について。マーケットを独占している中国事業においては、タクシー配車マーケットの拡大と原価率の低減が利益最大化の源泉です。
現状では、売上は拡大していますがそれに沿ってコストも増加しているからです。
広告宣伝に加え、パートナー(この場合はタクシー運営社)を開拓することで、タクシー配車マーケットを拡大するということは引き続き続けなければなりません。
ゆくゆくは滴滴(ディディ)なしでは事業が成立しなくなるほど依存するタクシー会社が増えてくるでしょう。この戦略はマーケットを独占している中国事業では実行することは難しくはありません。
次に原価率や販管費を減らして、収益性を最大化できるかについてです。原価率を減らすには、プラットフォーマーとしてタクシー会社に対してサービス利用料を引き上げられる環境にあるのか、あるいは近い将来到るのかという点が焦点です。
5フォース分析でいうところの「競合状況」と「サプライヤーのパワー」に注目すればいいわけです。競合はいないので、徐々に滴滴(ディディ)への依存度を高めていけばサービス利用料をあげることは難しくありません。
実際、この売上高に占める原価の割合は18年度が94.5%、19年度が90%ですので、2期連続で減っています。今後も原価率逓減が予想され、収益性は高まっていくでしょう。
つまり、プラットフォーマーとして中国事業では絶対的な利益をあげられることがかなり高い確度で約束されていると私はみます。
海外事業について
今後はIPOによって得た資金と中国事業から吸い上げた利益をベースに海外事業に投資していくというのが滴滴(ディディ)の成長戦略になります。
では、海外で成功できるのか、そもそもアジアを狙わずに南米なのはなぜか?について考えます。
海外戦略を急ぐ理由
滴滴(ディディ)は拙速とも思えるほど海外展開を急いでいます。それはなぜでしょうか。
背景には、配車アプリサービス自体に新奇性はなく参入が容易なことと、単純なビジネスモデルなので世界中に展開しやすいこと(自社も競合も)が挙げられます。単純に言えば、世界各国で地場企業が同様のサービスを展開しているとともに、Uberが世界中に進出しています。
滴滴(ディディ)は中国を早い段階で独占したので、次なる成長の目として、海外を急いでいるわけです。
アジアに進出しない本質的な理由
ではなぜ中国ブランドが通用するアジアでの展開を進めないのでしょうか?それはすでに地場企業が巨大なシェアを握っているからです。
インドはOla(オラ)、マレーシアやインドネシアなど東南アジアはGRAB(グラブ)とGO-JEK(ゴジェック、トコぺディアと合併してGo Toグループへ)が圧倒的で、Uberも18年に東南アジア事業から撤退しています。
ちなみにGRABに対しては滴滴(ディディ)もUberも出資をしています。そしてGRABはSPACとの合併を通じて、今後数ヶ月内に米ナスダックに上場することが明らかになっています。
海外事業を成功できるのか?
では、海外事業を成功に導けるのでしょうか。
Uberの撤退例をみて分かる通り、国の外資規制が強く、地場プレーヤーとの競争が激しいエリアでは成功が難しいことがわかっています。その意味で南米は外資規制が強くない国がほとんどです。ところが今度はそれゆえUberやLyftなどグローバルプレーヤー含めてたくさんのプレーヤーとしのぎを削ることになります。それはつまり、泥沼の低収益合戦を繰り広げることになります。特にファーストムーバーアドバンテージも取れていないようなので、競争状況によっては例えば富裕層むけのサービスにシフトチェンジするとか、「ずらし」をする必要もあるでしょう。そこまでローカライズする意味があるのかということもありますが、本国や他国での展開可能性があるビジネスならやっても面白いと思います。
このように考えると、たくさんの国に進出してはいるものの、市場の大きなブラジルに投資を絞ってさらなる買収をしながらシェア拡大をめざすなどメリハリの効いた展開をしないと海外事業が0勝全敗になる可能性もあります。
今後の滴滴(ディディ)の成長の行く末
このように既存ビジネスの延長線上で考えると、
中国依存、でも高収益へ
海外苦戦、赤字拡大へ
というシナリオが見えます。そのままでも中国市場を完全に抑えているので利益は数年後にはかなり生むようになっていると思います。
既存ビジネスからの大転換
これまでは運転手のフィーがかかることから原価率の低減には限界がありましたが、その制約条件を打ち破る技術が近い将来、この配車サービス市場をディスラプトすることが期待されています。
それが、自動運転による配車サービスです。
すでに滴滴(ディディ)は20年に実験エリア内での自動運転配車サービスを開始(安全のため、ドライバーは乗車)し、ロイターによれば2030年までに自動運転車を100万台まで増やす計画をぶち上げています。
滴滴の自動運転を巡ってはボルボが自動運転用の車両を提供するほか、東洋経済オンラインによれば今年5月に広州汽車集団傘下で新エネルギー車メーカーである広汽埃安新能源汽車と戦略的提携に合意、自動運転車製造に乗り出したことを明らかにしています。
この戦略がうまく実現すれば、滴滴(ディディ)は中国で莫大な売上と利益、市場独占を実現することができ、今度はその真似しづらいビジネスモデルを海外でいち早く展開することができるかもしれません(自動運転車の普及は早そうなだけに、同社のように事業基盤をすでに持っていることが大事)。
それを見越すと、今大赤字でも各国に事業基盤を持っているのは重要かもしれません。
結論、滴滴(ディディ)は長期的には大化けする
そのように考えると、滴滴(ディディ)は短期的にはただの赤字会社、中期的には依存する中国で大きな利益成長が期待できる会社、長期的には自動運転を背景にした高収益の旅客運送会社へと変貌することが期待されます。
最大のリスクは、今後企業規模が大きくなった後も中国政府と良好な関係を継続できるか、自動運転が普及したとき、別の資本の大きなプレーヤーが参入してきたときに打ち負かせるかにあると思います。海外がうまくいかなくても今後も激変する中国市場を独占し続けられれば利益は自ずと最大化すると思います。